むこうみず!

日常ネタ、創作ネタ、好きな事など、雑多に書いていきます。

【コラム】俺の歩んできた時間の話。

「俺は、俺の生きた証を遺すんだ」

専門学校時代の、ギタリストの友達がそう言っていました。

その時の俺はといえば、あんまり未来のこととか、夢とか、そういう漠然とデカイことを考えている時期ではなかったので、

(カッコいいこと言うじゃん!)

とか、その時なりに、思ったりしていたわけです。

今日ふとそんな事を思い出して、アイツは今、何してるんだろうなぁ、とか考えたりしました。今はもう彼との連絡手段がないので、実際に何をしているのかはわかりませんが、なんだかんだ、音楽やってそうな感じはします。元気であれよ。

1.俺の学生時代。

そんなん誰が知りたがるかよって話だけど、個人のブログってそういう場所だからいいじゃん。自分語りさせてよ。(´・3・)

俺は、情報系の専門学校を出た人間です。正直、頭は良くありません。そんな俺が、その学校を選んだ理由は一つ。「授業中立ち歩いている生徒が居ない」ことにとても感動したからです。アホかよ。

しかしながら、情報系の専門学校に通ったところで、パソコンができるようになるかどうかは個人のやる気次第です。実際自分は、二年間通ったところで、CだのJavaだののプログラミングは出来る気がしませんでした。

そんな中ではありますが、当時流行ったものがあります。mobile space、ポケットスペース、フォレストページ、魔法のiらんどなどによる、個人の携帯ホームページです。俺はこれのおかげで、インターネットで人と繋がる楽しさと、ホームページそのものを作る楽しさに目覚めました。

ホームページ作りや更新作業に熱中すると共に、学校では教わっていないHTML、CSSに触れ、学び、覚え、卒業制作もホームページ制作という命題で先生に押し通しました。冒頭で触れた、ギタリストの友達ともう一人、バンドマンの友達と組んで、アーティストっぽいホームページを作ろうと息巻いて、結局一夜漬けで全部作ってしまったのはいい思い出です。

そしてなんとなく情報システム系の会社に就職が決まり、「まぁ、なんとかなるでしょう」とか、今思えば「よくそんな気楽でいれたね君ィ!?」って感じのまま、卒業式をもって、専門学校から社会に出ることになりました。

もう一度言います。

何故就職できたかわからないほど、プログラミングなんてできませんでした。

2.俺の社会人生活~楽しかった研修期間~

入社するなり、学校で親しかった、会社に手招きしてくれた先輩がうつ病で退職していることを知らされ、「えー嘘ォ!?」ってなりました。

入社してから手渡されたのは、初めてのPHPという本でした。ここで向水そら、研修を経てようやっとPHPによるプログラミングを習得します。とはいえ、まだまだ初心者に毛が生えた程度なのでコードもぐしゃぐしゃ。フルスクラッチ開発できるようになるにはまだまだ程遠いです。

そして、三ヶ月の研修期間を経て、会社が経営難に陥り倒産。

向水そら、無職になります。

3.俺の無職生活~mixi時代~

学生のころからずっとmixiで遊んでいたので、会社がつぶれた件を日記に投稿。

数日経たずして、「うちの親父がホームページ作れる人探してるよ」という友人からのコメントをいただき、数度の面接を経て、友人のお父さんの会社に就職することと相成りました。

無職期間、約一ヶ月。いい夏休みでした。←

4.俺の社会人生活~山あり谷あり五年間~

新しい職場での仕事で、HTML、CSSに加え、PHPを使い出すようになり、いよいよもって必要に迫られて、勉強の日々が訪れます。PHPサイバーテロの技法という本に惹かれたこともあって、不思議と、色々なことがすんなり入ってくるようになりました。めっちゃ楽しかったんだと思います。

最初はそれでよかったです。しかしながら、段々と将来について考え始めるようになりました。この先、自分はどうなっていくのだろうか、どうなりたいのだろうか。いまだに、その答えは出ていません。そして俺は、とうとう心を病みました。

思えば、もっと、色んな人と話しておけばよかったと思います。鬱々とした毎日に感じる、重しを排除せねばならない。その思いから、当時までやっていたmixiのアカウントを削除し、学生時代の友人達との交流を断ちました。これについては、後悔しかありません。

この事を一つの反省点として、人間関係とはとても尊いものであるということを、今も心に刻んでいます。

5.俺の療養生活~創作が救ってくれた二年間~

とうとうパソコンの前で仕事をすることすらままならない状態となり、色々な人の支えのなか、会社を退職する事を決意しました。

趣味にしていた文字書きも満足にできず、会社を辞めてから三ヶ月は、ぼーっと日々を過ごしていました。ただ、その三ヶ月ずっと、「この療養期間中に何かを形にしたい」と考えてやみませんでした。せっかく出来た時間。ここで生まずしていつ創る、という思いでした。「俺は、俺の生きた証を作る」。ギタリストの友人の語っていたことが、なんとなく理解できた気がします。

そして、親戚の家で迎えた正月。パソコンの前にも座れるようになったし、なんだかキリもいい。何をしようと考えていて、自分の趣味の創作に手を伸ばす事を決意しました。界隈に唯一無二の何かを残そうと思い立ち、そうして自分の執筆活動が始まります。

正直、表立って語れるコンテンツではないので内容については省略しますが、完成形を平たく言えば『十五万字超の官能小説』です。今となっては良い笑い話です。「結局エロかよ!」って話ですが、いうけどあれですよ、エロは力ですよ。

それなりにコンテンツももてたところで、創作仲間もちらほらと増えて、あれだけ嫌いで苦手だったお絵描きと言う趣味を加え、自分の生活はとても彩られていきました。お絵描きについてはまだまだ子供の遊び程度のものですが、とても楽しくて、今も続けています。

そうしているうちに、段々と、心の病も落ち着いてきました。とはいえ、薬は必須な生活を送っていますが、理解して飲んでいる分、快復を感じられるようになりました。

医師のOKを頂いたところで、社会の海にいざ、再出発。

6.俺の再出発。

結果として、今は在宅パートという形で働いています。一度は就職してみたものの、やっぱり無理がたたってぶり返してしまい、一ヶ月の休職を経て、現在の雇用形態と相成りました。

それなりのことをそれなりにやって、それなりのお給料をいただいております。今の環境を作ってくれたのは、今の上司含め色々な人の尽力によるものです。感謝しかありません。

そんな中で色々とやっていきたいこともできて、体の事情と心の葛藤もありながら、今を生きています。

一日100時間あればいいのになって思います。

あと5000兆円欲しい。

7.今、ブログを書いているこの瞬間思うこと。

あんまり頭の中で考え込むより、こうやって何かしらのアウトプットをしたほうが、心の健康にはいいのかな、と思います。

1日は、24時間です。

限られた時間、限られた体力、限られた思考能力でできることには、やっぱり限りがあります。時間的なライフハックはするべきだなぁと感じます。

でも時には、無駄な時間というのも、必要なもんだと思います。

もっと、どっしりと構えて生きる努力をするべきなんですよね、きっと。

そんな中ではありますが、今為さねばならないことを見極めて、活動していきたいと思います。

今年も残り1月半。マジかよ。

ま、まぁ、趣味のほうでしっかりあばれてきます。

 

 

本日は、こんなところで。

長くなってしまいましたが、お付き合いいただけたなら嬉しいです。

ありがとうございました。

それでは、それでは。

向水そらでした。